Thoughts and notes of a researcher in plant genetics and nutritional epidemiology in Japan and the U.S. with a wide range of interests - choral activities, photography, nature, travel, and drawing. L'épanouissement personnel means personal development and fulfillment. Still in the middle of it, enjoying the process. 農学部、酒類企業研究員を経て、米国ミシガン州立大学で博士過程を卒業後、植物遺伝学と食物疫学の研究に片足ずつつっこんでいます。趣味の合唱、自然観察、旅行、写真、絵描き、国際交流など、いろんな記録です。L'épanouissement personnelは自己研鑽、実現というような意味です。生涯に渡って一緒に旅する人生のテーマ。
3.29.2021
A walk in Legg Park -1
3.27.2021
"Knowledge is power." 知は力なり
Stormy spring & writing
Weekend plan
Classes
👍- Edit CV, research statement, teaching statement
3.21.2021
政治的に無価値なキミたちへ 大田比路
資本主義、日本の教育制度、大学の現状、婚姻制度、刑罰。。。日本の異常さがデータでよく示されている。ところどころ「そうか?」と思う個所もあるけれど、日本に住む人全員が知るべき。学校も政府の直轄なのでこんなことを効率の義務教育で教えるわけがない。大衆はおろかな方が支配しやすいのだ。
3.20.2021
Weekend plans so I won't forget
3.19.2021
Lab meeting presentation done!
3.16.2021
Bonfire night on an early spring day
3.14.2021
多様性と公平性を推進するための取り組み
私は恵まれている方だと思う。大学教育を受けられたし、日本では、多数派の(外国人ではない)日本人だし、お金で苦労したこともない。
一方で女性であること、また地方出身であることで不平等だと思うこともあった。女性は日本ではまだ下級市民である。直接的に言われることはなかったけれど、女性の管理職の少なさ、女性の国会議員の少なさ、そして子育て世代の女性だけの労働率の低さを見ればこの国の女性の地位の低さは明らかである。それがいいと言っているのではなく、これは厳然たる事実で、緊急に是正されなければならない。私は男女の役割がきっちり決まっている会社生活を経験して大変に居心地悪く思ったが、それは大なり小なり日本で蔓延している会社文化なのだろうと想像する。そして地方出身であることでの圧倒的な情報格差。大学は近くにないし、車が無ければどこにも行けないし、文化的イベントも都会に比べ少なかった。今はインターネットの時代で、情報はそれなりに手に入るのかもしれない。それでも、五感を駆使して体験する経験においてはまだ格差があるだろうと思う。
アメリカの大学院生活は日本文化とはまったく違うものだった。女性の教授は普通だし、リーダーの地位にいる女性は驚くほど多い。大学という場所に限って言えば、男女ほぼ半々ではないか。私自身、女性の教授とそのお客さんに、男性の部下がコーヒーを持ってきているのを見て、「これがアメリカか!」と衝撃を受けたのを覚えている。アメリカにはとても多様な人々がいる。様々な人種、宗教、文化が混在している。例えば見た目は東アジア人でも、その人がどこで育ち、何語を母語とし、どんな宗教を信じて(あるいは信じていなくて)、どんな文化的背景を持っているのか、その人に聞く以外知るすべはない。日本では、東アジア人に見える人は9割がた、日本人で、日本語を母語とし、日本文化のなかで生まれ育ったことがほとんどであることと対照的だ。もっとも日本の大都市では多様な人が増えているようだが。
しかし、アメリカの人種の問題は根深い。黒人差別、ラテン系差別、それによる経済格差も大きい。大学で言っても、学部によっては白人男性が大部分を占める分野もある。性的少数者も、認知が進んできたとはいえ、嫌がらせ、誤解、拒絶などはなくならない。その解決策も簡単ではない。大学の入学者数を人種によって割り当てることに論議が巻き起こっている。白人の生徒が、自分より低い成績のマイノリティの生徒が、自分が落とされた大学に入学できたことに対して抗議した。マイノリティが、白人ほど簡単に教育を受けられないことを鑑みれば、このシステムは理にかなうのかもしれないが、その白人の生徒個人としては、自分の方が成績がよかったのに、という悔しさも十分にわかる。全く簡単ではない。倫理学の講義と同じだ。授業が終わるたび、分かった!という快感どころか、より混乱し、考えさせられ、袋小路の社会を突き付けられる。常に考え続けていくしかない。
人は多様な側面を持つ。同じアジア人でも、認知する性別、性的嗜好、言語、文化、性格、身長、体質、受けた教育、経済状況、配偶者の有無、年齢などが異なる。だから、違う切り口で人を見れば、誰もが虐げる側、虐げられる側になりうる。その認識が、多様性を尊重する態度、個人個人それぞれが独特な存在であるという考え方に繋がるのではないか。現在既に存在する人種やジェンダーの問題を軽視しているのではない。むしろ例えば、不当に優位な立場に立っているとされる白人男性でも、他の切り口で見れば虐げられる側になるかもしれない。その共通の認識こそが、「私」と「彼ら」の垣根を払う。
多様性の問題は本当に難しい。努力を続けていくしかない。みんなが住みやすく、公平な扱いを受けて、それぞれのポテンシャルをいかんなく発揮できるような社会になるよう、継続的に全員が動いていくしかない。間違いを犯したときには頭から責めるのではなく話し合い、学んだことを共有し、次から同じことをしないように皆で気を付けていく。そういった学習と変化を容認することを積み重ねて、どんな個人も過ごしやすく、生きやすく、働きやすくしていきたい。
3.10.2021
終わりがないアンケート調査修正案件。。。
口に出して愚痴れるオフィスメイトはものすごく貴重な存在なんだな。オフィスメイトが気の合う人とは限らないし、やっぱり私はとっても幸運だった。
アンケート調査が佳境に入っているが、何かもう修正案に次ぐ修正案、明日の朝6時に第一便がメールで送られるよ、っていう予定だったのにその日になってなんかいろいろ修正案…なぜもっと早く言ってくれないんだろ。毎日のようにメールやり取りしてるじゃないか。しかもその修正案の内容が、以前検討してやっぱりこっちにしよう、となった案件で、逆戻りになっている。日によって言うことが違うというか、言われた通りにこれを修正しても、また後日やっぱりこっちにしようと言われるのではないかと思う。
こういうアンケート調査は、文面を何度も検討して修正して、他の人にみてもらっては修正し、ってのを繰り返して完成させていくらしいのだが、それにしてもこの段階になると、「修正のための修正」をしているように感じる。論文修正のように。実際どういうふうに回答されるか、少人数の人に送ってみてパイロットテストを行うという段階があるのだから、もう送ってみたらいいやん……と思い、もう送ってみた。(# ̄З ̄) もう次の段階に進みたい。
こういうのの最終型を、全員が納得する形に決めるのはほんと難しい。最適解は一つじゃないし、いくらでもいじりようはある。しかし時間は有限である。。たぶんリーダーを決める意義の一つは、最終決定できる人を指定しておくことで、こういう無限ループを回避できることかな。まあリーダーが無限に修正案を出してくる場合はどうすればいいのかって感じだけど。そこに締め切りの意義がある。
「これちょっと読んで見て、修正とかわかりにくいところがあったら教えて」と頼まれることも増えたけれど、「見たよという証明のためだけの修正案」「私はちゃんと考えてるよという証明のためだけの修正案」を出さないように気を付けよう。そういうのは、コメントとして伝えればいい。うん、OKじゃん!と思えば、そう言えばいいのだ!