3.12.2026

草場一壽展 陶彩画

東寺で、陶板に色を付けて何回も焼成して描く陶彩画展があってた。見る角度で色が変わり、本当に綺麗だった。また絵を描いたりしたくなった。

 Happened to find an exhibition of "paintings" on flat ceramic surfaces at Toji temple. They are made by coloring one layer followed by kilning, and that's repeated dozens of times, giving depth and a kind of a holographic effect to the picture. The colors looked different when viewed from various angles. Very inspiring! 





イタリアンで語った!

路地裏イタリアンでお久しぶりのお友だちとご飯〜 読んでいる本とか興味ある分野とか似ていて、話がはずんで楽しかった。心理学、他者支援、音楽、対話、旅行など…様々な分野を語れましたわ。
イタリアンもよかった。陽気なシェフのお店で、私は何度も利用しているので、お友だちも気に入ってくれてよかった。


きのこクリームソースのラヴィオリ。

fagioli bianchi. いんげん豆の副菜。シンプルにローズマリーとオリーブ油で煮ているのだけどこれが濃厚でパンと合って美味ーー ハーブミックスを使って似たものは作ってみたけど、新鮮なローズマリーを使うとまた全然違うだろうな。
 

3.11.2026

梅ざんまい。

梅が綺麗だな〜 東寺、六孫王神社、出町柳近くの常林寺、御所の桃林、梅林も。美しかった!










3.09.2026

仕事のやり方。即時性か精確性か。

全く違う業界を渡り歩いているとその業界によっての仕事の仕方が本当にいろいろで、客観的に見れば、興味深い(その渦中にいるとてんやわんやだけれど)。 

データを自ら複雑にして解析困難にしていく⇒レポート、論文に出せない、のも問題だけど、

とりあえずどんどんやっていく⇒後からいい材料が出て来てそのたびに加筆修正して手間がかかる。のも効率いいとは言えない…。

いいデータが揃って、修正が必要ない状態で始めればいいのになー。でもチェックしてもらわないといけないのでその分は早く取り掛かってもいいけど。

仕事の進め方の違い。

業種の違い=「即時性」が大事か「正確性」が大事か。そして、書き換えができるか否か。

などを体感している。


2.28.2026

サーモンラーメンが最高だった。Enjoyed a French style salmon ramen!


I had salmon ramen noodles the other day made by a French chef. Wasn't the usual ramen at all but it really tasted like a French entree.  

I'dike to try the soupless one next time as this was rich and a bit on the heavy side. 




『アウトプット大全』樺沢紫苑

まあ普通に普通のことが書かれてあった。ただ読むだけじゃなくて、アウトプット(書き出す、説明する)などしないと身につかないもんな。すでに実行しているものがあったのでよしよし!となった。




2.27.2026

反抗期は「健全な成長過程」ではなく「親の未熟さ、至らなさに子どもが気づいてしまったから」説。

会ったら毎回深い話ができるお友達と再び語り合えた!心理学など知識のある人だし、聞き上手だし、ユニークな経験をしているので話もとても面白い。

今回は、反抗期について。

反抗期は「子供が大人になるための健全な成長過程の一つ」と考えられているけれど、それって本当かな?っていう話。

子供が親に反抗するのは、自分を尊重してくれていない、自分の考えや思いを分かってくれないから、という理由ではないか。だとしたら、反抗期が起こるのは親の未熟さのせいで、子供が必ず通らなくてはならない成長過程ではない。という話になった。

私もその友達も表立っての反抗期はなかった。けれどそれは理性や計算で抑えていただけで、心のなかでは反抗していた。だからそれも反抗期だった。だって納得いかないことがあったのだから。でも私たち二人とも、「反抗しても結局今は親の庇護なしには生きられないのだから、反抗しても無駄だ・その後困る」という冷静な計算があった。

成熟した親なら、子供の成長過程に合わせて、その主体性を伸ばす接し方をするだろう。子供が独立して自分自身の人生を歩んでいくことを喜んで後押しするだろう。自分のことを理解しようとしてくれて、尊重してくれる親が相手ならば、反抗という真っ向からの対立をすることなく、話し合いで解決できるのではないか。親が自分のやり方を押し通したり、多忙すぎて子供に向き合えなかったら、子供としては「理解されていない、愛されていない、尊重されていない」と感じるだろう。そんな相手に従順になれるかと言ったら、子供の情緒ではなれなくても無理はない。それで反抗するのだ。

だから、反抗期を健全なものと捉えてしまうことには危うさがある。親が、子供の反抗を健全で当たり前のことと思うと、自分が未熟なために子供が反抗しているとしてもそれに気づかない。そしてただ応戦したり叱ったりするだけになるのではないか。本質のズレた子育て論になる気がする。

アドラーもフロムも、「愛とは、理解、関心、尊重」と言ってた。まさにそれが思い出される。