ルノワール展に行って、なぜに裸婦がモチーフとして成立するのか?という疑問から読んでみた本。
著者は女性の地位向上のためのNPOとか立ち上げていて、全国を飛び回り、その活動に生涯をささげた。で、定年退職後に趣味の油絵を再開したが、モデルさんが裸婦であることに違和感を覚える。教室でデッサンの時間があり、裸婦のモデルが出るが、講評が終わるやいなや、服を着た絵に描き変えていた。
「裸婦が油絵のモチーフになくてはならないのはなぜか。なぜ男性の裸はめったになく、女性しかないのか。」という疑問から、いろいろと調べ学習をなさり、その成果をまとめている。
油絵の歴史は古いので、必然的に歴史をさかのぼって検討していくことになるのだが、中世時代のハーレムがどういう場所だったかなどは嫌悪感を催す内容だった。その他にも目を覆いたくなるというか、憤懣やるかたない気持ちになる歴史的事実もあった。人間の欲望とは。人間も結局動物なんだなと情けなくなった。
著者の結論がなんとも小気味よかった。「つい最近まで男性社会だった絵画の世界で、男性は描く側、絵を購入する側で、女性は描かれる側、見られる側だった。どんなに『美を追求するため』とか取り繕って言っても、結局男性の『女性の裸を見たい、描きたい』という欲求を満たすためだったのだ」。反発も覚悟で、ここまではっきりと言える著者に拍手を送りたい。
実際その通りだったんだろうと思う。女性よりも男性のほうが権力を持っていて、不平等な社会で、その中で発展していった西洋絵画。そう思うと西洋絵画も複雑な気持ちで眺めてしまう。女性の裸を見て、特に美しいとか感じない。なんで裸なんだろうと思う。これが写真だったら大問題なのに。
西洋絵画は子供のころから美術の授業などで扱っていて、普通に接していたので、裸婦だけがモデルとなっていることに今まで特段気を留めなかった。慣れって怖いな。今回その慣れをいったん遠ざけ、客観的に、ジェンダー論的観点から西洋絵画を眺めることができて良かったなと思う。



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