7.10.2026

『フランスの高校生が学んでいる哲学の教科書』/シャルル・ぺパン

とても面白かった。フランスの高校生向けの解説本のような位置づけだと思う。それの翻訳版。高校生でもわかるように書かれているし、素朴な疑問のQ&Aがあって面白い。

もっと面白かったのは、この本を読んでるんだ、と書き物会の友達に見せたら、「私も最近ショーペンハウアーの幸福論の本を買って読んでる」とか、「こないだ哲学について語るイベントに行ったけど、マシンガントークする人がいて参った。『欧米では自分の意見をいかに押し通すかに重点が置かれている』とその人は言っていたけど、本当かな?と思った」など、みんな興味津々というか、語ることがあるというか。

哲学はこの世界をどう認識するか、「なぜ我々は存在するか、どこに行くのか、死後の世界は?幸福とは、道徳とは、どうすれば秩序ある社会になるのか」など、答えを出すのが難しい問いを扱う。「答えを見つけるにはこうすればいい!」という単純なものではない。だから、「答え」を提供する宗教とはその意味では対極にあるのかもしれない。

しかし、論理的な弁証法を用いると、何と「神は存在する」と論証することができる、と書いてあった。それについては、どうなのか?と思わなくもない。論証方法も、説明を途中端折っているのか、ちょっとこの本の文章だけでは納得できなかった。ちゃんとした論証があるなら読んでみたい。神の在不在にそんなに興味もないのだが…。 



あと、気になったところのまとめ・抜粋。

ヒューム、ニーチェ、サルトルはアイデンティティという概念を否定する三大哲学者。個人のアイデンティティなんてまやかし。それは、東洋の禅思想とかの、『自分なんて、ないから。』の発想と似ている気がする。

トクヴィルの警告 平等主義は他人と同じになりたがる。人は、(自分よりお金持ちかもしれない)隣人と同じ規模の家、同じ給与を求める。そのくせ、隣人と同じように投票権を持っているのに行使しなかったりする。政治における平等、法の下における平等は、格差があっても成立するということを人々は認めようとしない。

なぜ選択はここまで難しいのか? 選択が難しいのは、すべての選択肢を同時に経験することは不可能で、自分が選んだ選択肢に懸けることだから。それで人生が変わる。でも自分もいつも同じではない。その時の自分が良いと思ってした選択でも、あとで後悔するかもしれない。その時の自分は、以前の自分と同じなのだろうか。どちらにしても、後悔するかもしれなくても、それは分からないから今の時点で決める、懸けるしかない。自分の意思など分からない、のに選択しなければならない、そして選択の連続が「私」を作る。

カント 自由意思があるからこそ道徳がある。なぜなら、自由があるからこそ、人間の本性である利己性を押し留め、理性が善だと判断した行為を行うことができるから。であれば、「道徳」とは本質的に「自由」である。

カント 「幸せになろうとするのではなくて、幸せに値する人間になろうとするべきである」 ふ、深い…。



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