9.21.2026

『結婚の社会学』/阪井裕一郎

慶応義塾大学の阪井裕一郎先生は家族社会学が専門で、「結婚の常識を疑う」が本書の問題提起。

結婚の常識って時代によって変わってきたことがよくわかる。

なんだかんだ、家父長制の家制度を維持するためという目的が一番大きい。女性は男性の「家に入って」、一番下の地位。昔は「離縁」も自分からはできなかった。でも、男性側の家族から、子供ができないなどの理由で「離縁」されることはあった。不妊の原因は男女ともにありうるのに、なんという不条理。

同棲の普及についても面白かった。同棲と事実婚はほぼ地続き。私のアメリカに住んだ経験でも、パートナー同士で同棲している人たちが本当に多かった。ただ、理由が違うのだそうだ。

・欧米で同棲を選ぶ人たちは、宗教から距離を置きたい、が理由。

・日本で同棲を選ぶ人たちは、苗字を変えたくない、が理由。

日本では結婚する際に、二人のうちどちらかが苗字を相手と同じにしなければならない、という不条理なルールがある。95%のケースで、女性が苗字を変えているそう。古い民法がそのままになっているのだ。誰得?といえば、もちろん男性得だ。政治家の性別割合が、そのままこういう所に反映される。

苗字を変えることによる不都合はたくさんある。自分の慣れ親しんだ苗字が突如使えなくなる。手続きに行くのも面倒くさいし時間がかかる。姓が変わることで、「結婚した」または「離婚した」というプライベートなことが否応なしに職場などで知られることになる。そしてそういった不都合は、二人のうちどちらかだけ(95%のケースで女性)に降りかかる。これを不平等と言わずして何と言うのか。

「夫婦別姓」という言葉を疑ってみる、という章も興味深かった。

事実婚を選ぶ人たちは、何が何でも違う姓にしたいわけではないのだ。自分の苗字を変えたくないという意味での別姓を求めている人が多いのだそう。

つまり、お互い苗字が佐藤なら、お互い佐藤のままでいて、別姓にするためにどちらかが新たな姓を名乗りたい、というわけではない。

「『別』という言葉が抵抗感を引き起こしている気もする」とインタビューに答えた人は語った。確かに。

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選択的別姓に関する反対意見への反論も、極めて理路整然としていて面白かった。今度何かの機会に使おう。

(1)夫婦同姓は日本の伝統(?)

・夫婦同姓は明治民法によって成立した。比較的新しい。しかし、歴史認識はある制度を正当化する根拠にはならない。「伝統だからそれが正しい」は理由にならない。

・問題視されているのは、「夫婦同姓を強要する制度」。同姓と別姓のどちらが「正しい」か決めることはできないし、別姓を求める人たちは「正しさ」を主張しているわけではない。(「正義の反対はもう一つの正義」。)ただ、「別姓にすることも、同姓にすることも選べること」を法律婚の枠組みの中で認めるべきだと主張しているだけ。

(2)子どもがかわいそう(?)。親子で姓が違うと子どもの不幸や不利益に繋がるという主張。

・なぜかわいそうなのか。なぜいじめられるのか。いじめが起こるのは、社会が「別姓であることがかわいそう」と決めているからに他ならない。いじめるのが悪いのに、いじめる側の論理を支持するのも不可解。

・離婚率が3割で、その8割超で母親が子供を引き取っている。つまり離婚で子供も苗字を変えることを余儀なくされる。いじめなどに繋がりかねない。子供の福祉を考えるなら、女性ではなく男性が苗字を変えるほうが理にかなっている。

(3)「旧姓の通称使用で事足りている」(?)

・足りていない。半数の日本の企業が認めていない。そもそも、「旧姓の通称使用」は、別姓の選択肢がない日本において、当事者たちが妥協案として勝ち取った権利。それなのに、選択的夫婦別姓に断固反対する人たちが、「通称使用で事足りる」というのは筋が通らない。


そもそも「選択的」なのだから、すべてのカップルに別姓を強制するものではない。同姓にしたい人たちは、同姓にすればいい。

選択的夫婦別姓に反対する人たちは結局、

「今の慣れている制度を変えるのが嫌」

「男性優位の社会が壊れそうで嫌」

「伝統的な家族の価値観(家父長制度、つまり女性が家の中で二番手に置かれている状況)が壊れそうで嫌」

「女性が権利をもっと主張するようになりそうで嫌」

「手続きが煩雑になってシステム更新しないといけないから嫌」

という、現状自分に有意な制度を維持したい、もしくは面倒くさい、っていうそれだけの理由で反対しているのではないか。それによって不都合を被っている人がいることは考えず。

結婚後に姓をどうするかというのは、多くの男性にとって他人事。どちらの姓にするかがくじ引きで決まるとしたら、男性からも「選択的夫婦別姓」の希望が出てくるのではないか、という思考実験も大変面白かった。

欧米では結婚後も姓を変えない人が多い。それが当たり前になれば、同姓を強制する制度にはすごく違和感を感じる。

私たちは、安易に為政者の「これまでと同じ『安心な』政策」に乗らないよう注意しないといけない。

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そもそも、人にはケアを必要とする年代があるが、そのケアの役割を一方的に担わされてきたのが女性だった。だから、子供の世話、夫の世話、高齢者の世話で、女性はケアばかりしてきた。キャリアなんて持てなかった。家父長制度は「家」を守り繁栄させていくための制度で、個人の自由や自己実現なんて考えられていなかった。(男性だって、長男なら家督を継ぐことを期待され、職業選択なんてできないし、次男以降は、いくら家督を継ぎたくてもできなかった。)

でも、今はそういう時代ではない。個人の時代だ。それにも良い点と悪い点はある。しかし、今更個人の自由と尊厳を著しく侵害するような時代には戻れない。ケアを親族の女性だけに押し付けてはいけない。そういう前提で、ではどうするかを考えないといけない。

ということで、そもそも結婚の定義を広げてもいいのでは、という話もあった。

例えばアメリカで、60代の仕事はあるが家を失った男性と、80代の、持ち家があるが一人での生活に援助が必要な男性、その二人の友人の利害が一致して、彼らは同性婚の制度を利用して結婚した。配偶者となれば、莫大な相続税無しに、家を譲ることができるからだ。

「同性婚の悪用」などと批判されたらしいが、では男女ならいいのか? 結婚する二人が恋愛関係にないといけない理由は何か? なぜ、ケアし合いながら一緒に生きていこうと決めた二人が、経済的恩恵を受けるために結婚してはいけないのか? そもそも、なぜそういった経済的恩恵が、幸運にもパートナーを見つけた人だけに与えられるのか。いろいろとツッコミどころがある。

結婚という枠組みで、女性に担わせる形で対応していたケアの問題を、社会全体で担う仕組みが必要なのだろう。

これについては エリザベス・ブレイク『最小の結婚』という参考書があるらしいのでぜひとも読んでみたい。


自分が今享受している自由って昔は当たり前じゃなかったんだな。じゃあ、わざわざ自由を制限するような、「家に入ってケアを担う」役割を、やりたかったらすればいいけど、したくないんだったら、しない自由があるんだよな。とかみしめた。


こういう本を読むと、社会学いいな、本格的に学びたいな、と思ったりする。





「alright」でいい。感情ジェットコースターに乗っていない友達の言葉にハッとさせられた話

最近新しい仕事についたシンガポールの友達の、

「It's been five months now, and I find it alright.」(転職して5か月たったけど、特に問題ないね)

という言葉にすごくハッとさせられた。

彼は、「alright」とだけ言っている。大丈夫、問題ない、のような。

「上司が良い人ですごくやりやすい!」とか、

「同僚と仲良くていい感じ」とか、

「社会貢献している感じがしてやりがいを感じる」とか、

そういうことじゃなくて、

「普通に行って仕事できる、問題なし」

のような。

ドライといえばそうだけど、期待が無いので、感情が揺れ動いていない。安定している。ただ仕事して給料をもらえるってだけで良くて、それ以上を特に求めていない。

彼は感情的にめちゃくちゃ安定している人だ。怒っているところも見たことないし、ケンカしたこともない。

ちょっと考えてみると、「上司が良い人で~」っていうのは、ともすれば「この人はこんないいところがある、好き! きっとこんな素敵な人のはずだ、この人のもとで働けたら素晴らしい毎日のはずだ」なんていう期待にも変わりかねない。

そういう風に(勝手に)思って、あとでそうではない場面が出てきたとき、「失望、ショック、そんなことになるとは思わなかった」なんて思ってしまうのではないだろうか。

要するに感情が上がったり下がったり、ジェットコースターなのだ。

これに対して、この友達は最初から期待値を「alright」で設定しているから、無駄に変な期待をしていない。人間にもいろんな面があるということを分かっている。その人の好ましい一面を見つける日もあれば、好ましくない一面を見つける日もある、と分かっているのだと思う(って、これは私の、彼に対する期待かな??)。

一日がつつがなく終わればそれでいい、のような。

仲のいい同僚がいたり、上司が素晴らしい人だったらもちろんありがたいけど、それに自分の感情を賭けていないのだ。


それに思い至ったとき、私は、他人への期待値を上げすぎていたかもなと思った。

些細なことで喜びや悲しみを感じてしまうたちなので、感情曲線はなかなかフラットにずっといられないけれど、少なくとも自作自演のジェットコースターは防げるかもしれない、心がけ次第で。

そう思った。

安定した心を目指そう~~「alright」で全然OKなのだ。



9.12.2026

シチリア料理リカータ

シチリア料理リカータに行ってきました〜

量が謎すぎてどれだけ頼めばいいのか分からず…探り探りで頼みすぎた感があったけど、どれも本当に美味しかった!


スイカ、トマト、モッツアレラチーズのスープ。驚く組み合わせだけれど、意外に美味しい。


マグロのパン粉オーブン焼き。マグロとは思えない、ステーキのような肉厚感とジューシー感。うまし…。魚なのでもたれる感じもなくとてもよき。


シチリアのパン3種盛り。


そしてハーフ前菜。これでハーフ?! 前菜とパンでけっこうお腹いっぱいなんですけど…!


イワシのコンフィとトマト、松の実、レーズンの入ったパスタ。トマトの味が強すぎず、イワシがしっかり主張してくれてて美味しい……!!


そしてポークグリル。豚肉とは思えないほどの赤身肉感。しかも柔らかい。低温調理かな、と話しながら。赤身は焼くとバザバサで硬くなるので、調理方法がいいんだろなーーすごいー


前菜についてきたカリカリスティックと、退店時にチョコレートまでいただいた。シチリアのおおらかさが分かるような感じ〜

決してお安くはないけど、たまには、というか経験としていいのではーと思います!


9.02.2026

☆最近行った美味しいお店☆

三条京阪あたりを散策する機会がちょいちょいあり。

 〇LOB COFFEE HOUSE

木のぬくもりと間接照明、美味しい自家焙煎コーヒーの香り、自家製ジャムまで、五感で味わえる隠れ家的カフェ。地元客・リピーターに愛されてます。

https://maps.app.goo.gl/b7bZaVhCKnheUdby6


〇中華焼肉 珉

地域密着型の、家庭的でゆっくりできるお店。料理も美味しく、焼肉以外にもメニューが豊富。

https://maps.app.goo.gl/1AkJtSu1xQ16SBnc7


〇アジアンキッチン Lotus

東南アジアの情緒が漂う。定番のタイ料理からちょっと珍しいメニューまで揃っています。

https://maps.app.goo.gl/uDZ8su3jSeiWiQnW7


〇Boulangerie Oshow

米粉コッペパンのサンドイッチのお店。京風の具から定番のあんバターサンドまでどれも美味しい!

https://maps.app.goo.gl/VjvXSc9aJTDvpP8L7


〇中国料理 東北家

美味しい中華料理屋さん!四川料理と書いてあるけど辛くないものもたくさん。メニューが多い、ボリュームも多い。

https://maps.app.goo.gl/p7VDDBSp8UJJtmwE8


〇スペインバル シドラ Sidra

ランチの焼肉丼がとても美味しくリーズナブルでした。夜はお酒もおつまみも充実しているようです。

https://maps.app.goo.gl/7z7i3CV4VsaJFwAs5