Thoughts and notes of a researcher in plant genetics and nutritional epidemiology in Japan and the U.S. with a wide range of interests - choral activities, photography, nature, travel, and drawing. L'épanouissement personnel means personal development and fulfillment. Still in the middle of it, enjoying the process. 農学部、酒類企業研究員を経て、米国ミシガン州立大学で博士過程を卒業後、植物遺伝学と食物疫学の研究に片足ずつつっこんでいます。趣味の合唱、自然観察、旅行、写真、絵描き、国際交流など、いろんな記録です。L'épanouissement personnelは自己研鑽、実現というような意味です。生涯に渡って一緒に旅する人生のテーマ。
12.24.2024
当たらない牡蠣を食べる会と、商業化されたクリスマス
12.21.2024
『世界は、夢組と叶え組でできている』/桜林直子
やりたいことがはっきりしていてそれに突き進む「夢組」と、夢組がそれを叶えるのをサポートして現実化する「叶え組」がいる。というお話。自分の人生の段階によっても、場所(職場、家庭)によっても、自分が夢組か叶え組なのかは違うかもしれない。
◆ガマンや、やりたいことを抑えるフタがある場合は外していく
しかし、やりたいことがない、とか、自分が欲しいものがわからない、というのは、自分の欲がわかっていない、これが食べたい、これが欲しい、これをしたい、など、自分がどう感じるかをずっと閉じ込めて来た人は、自分の欲を分かっていないのだとも筆者は言う。
小さい頃、生きていくために、大人・環境に従って、ガマンをしてきた人。であれば、そのガマンはもう手放していい。もっと自由に、自分が今どこにいて、何をして、どんな人と付き合って、どんなものが欲しいのか、素直に少しずつ、自分の心の声を聞いてみるといいんじゃないかと思う。
私は自分の欲しいものがはっきりしているときと、そうでもないときがある。留学はしたかった。大学院も行きたかった。ので行った。それ以外の選択肢はない、と思っていたほど。
一方で、専攻とか、人間関係とか、食べるものとか、買い物とかは、迷いまくり。そんなにこだわりがないところ、なのかもしれない。
◆自分のサイズと持ち物から、やれることを見つける
自分のサイズ=自分の凸凹を把握する。譲れない条件や、ほっとくとこうなる、という性格や、変えられない環境。嘘をつかずに、自分のわがままを全て出し切る。例えば彼女はシングルマザーなので、仕事をする時間を固定したくない、18時以降は働かない、夏は子供と一緒に夏休みを取りたいから働かない。見えない部分があるとフリーズして機能しない。
自分の持ち物=出来ること。こうなりたいという願望は一切入れず、自分が今もっているもの。解決力、機嫌よく働く、おせっかい、人使いが荒い、それまで経験してきたお菓子業界の仕事も一つ一つ。誰にでも出来る仕事だとしても、すべて「持ち物」の中に入れ、この中から出来ることしかやらない、と決めたそう。「できたらいいな」「やってみたいな」は選ばない。
で、このサイズと持ち物から、家の間取りと家具の配置を図面の上で何度も試すように、組み合わせて、こうしたらいいか、ああしたらいいか、とプランを練った。これは、八木仁平さんの、好きと得意を組み合わせていろいろな職業を考えてみる、に似ている。「自分の持ち物を知っていると、他人の持ち物と組み合わせて役に立つ方法も見える。持ち物にないものを求められて、「役に立たない」と落ち込まなくて済む」もキモ。ここに協働の意義がある。
◇生存者バイアス
これについてお友達と話したら、「シングルマザーになった。じゃあ起業しようと言ったって、そう簡単ではない。全ての片親が、彼女のように成功できるかといえばそうではないかも。起業した会社の殆どは潰れる、生き残るのは一部だけ。まして、自分の持てる全ての時間、全ての労力を投入できない子育て期にあっては。彼女は会社員時代に学んだことプラス、きっともともと起業家の素質があった。この本には『生存者バイアス』もある。」と考えが広がり、私にはない視点だったので目からウロコ! 確かにー。とても勉強になった。
◆時間は人生
「やりたいこと」の他に、「自分の時間をどう使うか」を考えないといけない。30代になると仕事・家事・育児・趣味、と時間が足りなくなってくるので、何に時間を割り振るか、自分のキャパの中で、時間割を決めて、それを「やりたいこと」としたらよい。人によっても、人生の段階によっても、時間割は違ってくる。仕事の割合が高かったり、子育ての割合が高かったり。
人生は死ぬまでの時間なのだから、何をするか、誰といるか、が全て。
◆やりたいことリスト100を書く
やりたいことを100個書くことで、自分の欲を抑圧しているフタを観察し、外すことが出来る。最も大きなフタは、「幸せになりたい」という欲を抑える、「幸せになってはいけない」というフタ。交流分析の禁止令にも出てくる。まさに。
『「やりたいことを見つける」とは、運命のたったひとつのなにかに突然バッタリ出会うのではなくて、小さなよろこびや自分がアガることを見つけて、それをガマンしないで、自分をよろこばせ続けていたら、気がつくとすでに手の中にあるようなものなのかもしれない。』
◆人生には波がある
- 自分のやりたいことをやるときと、人のためにやるとき
- やる気があるときと、ないとき
- 過去を振り返るときと、未来を見るとき
- 人に会いたいときと、一人でいたいとき
- コンテンツを浴びたいとき(インプット)と、創作したい(アウトプット)とき
- 力を入れるときと、力を抜くとき
- 都会がちょうどいいときと、自然を求めるとき
- 全部が楽しいときと、全部が怖いとき
- 自信があるときと、自信がもてないとき
- 自分の内側にもぐりこむときと、外側から俯瞰で見るとき
◆自分のためだけになっていないか、人のためだけになっていないか
人のためだけになると、自分のことが疎かになるし、逆も然り。バランス感が重要。人のため、と思いながら、承認や感謝がほしい、とか思ってしまうと、「こんなにしてあげてるのに!」となったりするし。
12.20.2024
「諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ」
京都検定を受けに行った、同志社大学新町キャンパス。
「諸君ヨ、人一人ハ大切ナリ」と、正面玄関入ってすぐのところに記されてあり、新島襄の思いをしかと受け取りました…!
自分もそうだけど、何かしないと、何か尽くさないと、ここにいてはいけないんじゃないか、ここにいる資格はないんじゃないか、そんな深層心理が働きがちな気がします。
だからこそ、人権思想って本当に偉大だなと思う。
ひとりひとりが、
大切なのです。
なにもできなくてもいい。
特別なことをしなくてもいい。
人権思想が出るまでは、個人の存在は生物の生存(種の保存)とか、家柄、血統の保存とか、国の繁栄のためとか、そういう全体の存続のためでしかなかった。つまり、個人個人の存在は「目的」ではなく、「手段」だった。
これに対し、その人の存在、その人の幸福じたいが目的である、という考え方が人権思想なのだと思う。
人類の発展のためとか人口減を食い止めるためとか血筋を途絶えさせないためとか、そんな、個人自体をないがしろにした目的達は、ただ個人を利用しようとしているだけ、本末転倒なのです。
私たち個人が、義務感も劣等感もなく純粋な気持ちから、その目的のために身を捧げる、と。それが自分自身の幸せだ、と決心したのではない限り、そんな全体主義的な目的には賛同しなくていいし、スルーしとけばいいのです。
やりたいことを
やりたい時に
すきなように
すきなだけ
やる人生を送りたい。
自分に正直に。
無理せず。
何かに自分の時間と労力を捧げるとき、何かに尽くしたい衝動に駆られたとき、立ち止まって考えたいです。
なんで私はそれをやりたいと思うのか?
純粋にそれが好きだから?
それとも
それをしないと、集団に受け入れてもらえないから、というあせり、不安、恐れから?








