京都には奇人・変人が多いとか。。
奇人とは、効率とか利益とか、「合理」とは無縁の行動を取る者たちである。
奇人が集まってきていた。ドロップアウトして、けったいな芸術作品を作っていたり、何らかの対象に財産を失うほど惚れ込んでいたり。
奇人・変人を受容できる街は成熟していて、安全で、自由な街である。
そんな奇人たちを、「あほやなあ」と嘆息し遠ざけつつも受容するのは、そこまで突き詰められる胆力に人々が憧れをも抱いているからかもしれない。
彼らが示す生き方は、「並の生き方」への外からの視点も示す。お前たちが後生大事に守っている人生など本当に棒に振るに値するものなのか、と問うているのである。
学生の街だから、学生運動でお店などが商売上がったりになっても、「学生さんのしはることやから」と寛容だった。とか。
着るものに非常に厳しい。自分でTPOに合わせた服装を選ぶことがよしとされていたから、少し前まで公立の学校に制服はなかった、とか。
制服ができてからも、卒業式につっぱって浴衣で参加しようとした学生に、先生たちが注意したその仕方が印象的。「規則を守っていない」ということではなく、「浴衣は湯上がりに着るものだから、公共の場で着るものではない」という諭し方だったのだそうだ。すごく京都的である。
「こおと」=地味で渋いけれど粋で洒落。こおとの加減は非常に難しい。
10歳の小学生の女の子がすでに「あんまりほんまのこと言うもんやないえ」と声を顰めて弟に注意する。など。
いろいろと面白かった…
私の京都経験値が上がるに伴って、定期的にまた借りて読みたいである。
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