11.28.2022

孤独の価値 / 森博嗣


本の裏表紙に書かれてあるイントロが全てをうまくまとめている。

  • 孤独は悪いこと、というのは教育とメディアによって植えつけられている。
  • 「絆」という言葉も重要視されすぎている。
  • 孤独は悪いことではない。
  • むしろ落ち着いて、思索がはかどり、良いことである。
  • 「寂しい」「いやだ」という感情を俯瞰的に、客観的に眺めて、なぜなのか、それは本当に重要なことか、重要ならばどうすればいいのか、を考えること。それは人間だからできる。人間らしい営み。
  • 孤独は悪いことではない、というのは、「孤独は本来悪いものだが、ときおり訪れるものなので、良いところを探して乗りきろう」という意味ではない。孤独には価値があり、筆者は孤独を積極的に求めている。たとえば仕事のやりとりは全部メールだし、田舎に住んでそんなに人とかかわらないでいいようにしている。(ただこれは、筆者が独身で本当に仙人みたいな生活をしているならばもっと説得力がある。実際筆者は奥さんと住んでいる、犬もいる。これは孤独とは言いがたいのでは?と私は思う…。)
  • 孤独と自由は近いものである。
  • 核家族が増えたのは、その自由を人々が望んだから。
  • 結婚する人が減っているのも、子供をもたない人がふえているのも、「結婚して、子供をもつのが幸せだ」というメディアの宣伝が虚構であることに人々が気づいているからである。
  • なぜそんな宣伝がされるのか? その方が物やサービスが売れて、景気がよくなるからである。それだけである。
  • 「核家族だから子育てに不便だ、というのではなく、子育てを犠牲にしても、核家族の自由さが望まれた、というだけである。」
  • そういう一辺倒の価値観を、忠実に次世代に教え込もうとする学校の先生たちもまた、それを信じているわけではないかもしれない、が、公立校だったら指導要領に縛られるし(だから国がダメだとダメなのだ)、ただでさえ忙殺されているのに、自分で考えて行動を起こす暇なんてないし、自分の役割は、それが何だろうが「常識」とされているものごとを子供に伝えることだ、だって自分だって支える家族があるのだから、と信じて疑わない人たちが多いのではないだろうか…。と私は思うけれど。
  • 孤独死という言葉も、「孤独だったんだ、かわいそう」というニュアンスがついて回る。それは余計なお世話というものだ。人は死ぬとき大抵一人である。
  • 現実的には、しがらみがあり、仕事も人とかかわらないといけないので、そうもいかないかもしれない。しかし、心は自由でありたい。家族や友人の支えにはもちろん感謝すべきだが、それが生きる希望である必要は全然ない。自分のために生きよう。
  • 孤独になって、「自分が何者であるか、何をしたいか」を問いつづける。
  • 「僕自身、いまだに自分が何者かわからない。もっともっと孤独になって、見つめ続け、求め続けたいと思う。」
  • 寿命が伸びたので、相対的に今の二十歳は江戸時代の12歳、丁稚奉公を始める歳くらいで、江戸時代の二十歳は今の五十歳くらいではないか。だとすると、現代ではみんな子供っぽくなっている。
  • (国は、国民が子供っぽくて扱いやすくて従順だと都合がいい、それは本当に考えておかなければ、見抜いておかなければならないところだ。)

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